台本
(ノック音)
入るぞー。
(扉を開ける音)
…なんだ、また落ち込んでんのか。今度はなんだ? ん?
…仕事でミスして、上司にも同僚にも迷惑かけちまった?
そうか、そうか。よしよし。そんな日もあるって。
…私は毎日ミスしてる、って…。
毎日ってこたぁねーだろ。深く考えすぎじゃねーの?
…今日はまた一段と落ち込んでんだなぁ。
そんな顔すんなって。ブスになるぞ。
…どうせブスだって? そんなわけあるかよ。俺の女だぞ。
俺の女がブスなわけねーよ。
…お前さ、そんなに凹んでんなら、なんで俺に電話してこねぇんだよ。
お前って、普段はこっちの都合なんか気にせずにバンバン連絡してくるくせに、凹んでるときに限って連絡してこねぇんだよな。
おかげで、わかりやすいのなんのって。
落ち込んでるからネガティブになって「今連絡したら迷惑かけるかも」とか考えてんだろ。
あのな、俺としては、凹んでるときこそ連絡してこいっつー話なんだよな。
彼女が凹んでるときに支えてやれなくて、なにが彼氏だよ。
楽しいときだけ一緒にいたいから、俺はお前と付き合ってんじゃねーよ。
ついでに言うが、お前はよく頑張ってると思うぜ。
お前自身は今自分のことでいっぱいいっぱいで、自分の足元ばっか見て走ってるから気付いてねーかもしれねぇけど、近くでお前のこと見てる俺は、わかるよ。
お前はよく頑張ってるし、転ぶこともまだ多いけど、それでもちゃんと進んでる。
…ほんとだよ。嘘じゃねぇって。
っつーか、自分の足元しか見えてねぇやつが、自分が今走ってる場所なんてわかるわけねーだろ。
…知ってるよ。顔上げる余裕もねぇんだろ。
顔上げてまわり見る余裕もなくて、走んので精一杯なんだったら、素直に俺の言うこと信じとけよ。
今はまだ精神的にキツいかもしれねぇけど、顔上げる余裕が出来て、まわり見る余裕が出来たら、お前きっと驚くぜ。まわりの景色、絶対変わってるからよ。
その頃にもなれば、うまい走り方ってのも、わかるようになってるだろうさ。
…お前、テレビで陸上の競技見たことあるか?
今度、いっぺん見てみ。見たら気付くぜ。
速いやつは、みーんな前見て走ってるってことによ。
…お前、今いい顔してるな。
「成長」ってよ、頑張ったら頑張ったぶんだけちょっとずつ出来るもんなのかなって思いきや、案外そういうことでもなかったりするんだよな。
いっぱいいっぱい頑張って、苦しいくらい頑張って、涙出るくらい頑張ってるときって、苦しいわりにあんま成長の実感なかったりするんだよ。
それで、まぁ最悪、心折れたりしてな。
でも、成長って、違うんだよ。
へとへとになるまで走って、ぶっ倒れるまで走って、それで実際ぶっ倒れて「あーもう駄目かもしんねぇな」って思って、ふっと考えることをやめた瞬間に、なんか…見えたりするんだよ。
それまでに見えなかったもんが。
見えて、初めて気付くんだ。ああ、これ見るために、必死こいて走ってきたんだなって。
世の中には「出来るやつ」と「出来ないやつ」がいる。これは、どうしたっている。
出来るやつの特徴はな、その「見えるもの」が見えるまで、最後まで全力で走り抜けることが出来るやつなんだよ。
出来ないやつは、それが見える前に諦めて、走ることをやめちまうやつだ。
まぁ、現実はさらにこれに「運」っていう厄介なもんが絡んでくるわけだが、まぁこの話は今はやめとこう。
…お前は、ちゃんと走り抜けることが出来るやつだよ。
お前が泣いてんのは、本当はもっと頑張りてぇのに頑張れない自分が悔しいからだろ?
走ることを諦めたやつはな、涙なんか流さねぇんだよ。諦めたってことは「自分に期待することを諦めた」ってことだからな。
泣いてる時点で、お前は諦めてなんざいねぇんだ。
諦めずに走り続けて、泣いて、転んで、傷だらけになって、それでも走り続けてるお前は、自分が考えてるよりずっと立派なんだよ。かっこいいんだよ。
要領がいいやつと、悪いやつはいる。
ずる賢いやつと、馬鹿正直なやつもいる。
前向きなやつと、後ろ向きなやつだっている。
お前は、要領がよくねぇのかもしれねぇ。ずる賢くもなれねぇのかもしれねぇ。後ろ向きとまでは言わなくても、前向きとも言えない性格なのかもしれねぇ。
それでも走り続けてんのって、なんつーか…けっこうすごいことなんだと思うぜ。
だからお前は、大丈夫だよ。傷だらけだけど、かっこいいよ。
…もしそれでも、走んのが苦しいってんなら…そうだな…。
…えーと…。
…………。
…今度、指輪でも買いにいかねぇ?
…なんだよ、その顔。
…わかんねーかなぁ?
そろそろ結婚でもしねぇかって、言ってるつもりなんだけどな。
…お前、苦しいときに限って、俺に頼ってこねぇだろ。
俺としてはよ、もっと彼氏ヅラしてぇわけだよ。
でもお前、いつまで経ってもひとりで頑張っちまうからよぉ。
もうこうなったら、旦那ヅラ出来る環境に移行するしかねぇなって思って。
…指輪があったら、自分がひとりじゃねぇってことに嫌でも気付くだろ。
うち帰ってきて俺がいたら、ひとりでなんて泣けねぇだろ。っていうか、ひとりでなんて泣かせねぇしな。
…なぁ、もっと俺に彼氏ヅラさせろよ。
彼女がひとりで泣いてんのになんも出来ねぇなんて、男としてみっともねぇったら。
頑張るのもいいし、頑張ってるお前は俺も好きだけど、でもたまには、俺に守られてくれよ。
俺を、かっこいい男にしてくれよ。好きな女をちゃんと守れる、かっこいい男にさ。
…どうだ、すっきりしたか?
すっきりしたら、今度は腹へってきたんじゃねーか?
…ふっ、やっぱりな。
顔洗って着替えて、適当にだらだらしてろよ。俺も適当になんか作るから。
…ん?
…どういたしまして。
…気にすんなって。こっちも彼氏ヅラ出来て、嬉しいんだからよ。
メシ食ったら、風呂入って、今日はさっさと寝ろ。
ひょっとすると、明日にはもう、まわりの景色が違って見えてるかもしれねぇぜ。
また転ぶこともあるだろうが、そしたらまた思い出せばいい。
足の速いやつはみーんな、前見て走ってるってことをな。