台本
(足音)
(車の走行音)(ブレーキ音)
…よう。
どうした? そんなに俯いて歩いて。まるで三ヶ月分の不幸が一気に襲い掛かってきたような顔だぜ。
…今日は、このまま真っ直ぐ家に帰るのか?
…そうか。なら、乗せていってやるよ。乗れ。
…べつに、かまわん。自宅の方向も一緒だしな。
それに、そんなに俯いて歩いてちゃ、本当に引ったくりや事故にでも巻き込まれかねないぞ。
まぁ、先輩の戯言に付き合うとでも思って、乗ってくれよ。
…覇気のない礼だな。いつもの元気を、いったいどこに落としてきちまったんだか。
(車のドアの開閉音)
(走行音)
…今日、課長に怒鳴られたことで凹んでんのか?
…確かにあれは、少々怒声が過ぎたと思うが…。そもそも、いったいなにをやらかしてお前はあそこまで怒鳴られたんだ?
…ああ、俺はちょうど席を外していてな。詳細は聞いていないんだ。
…………。
…ん? ちょっと待ってくれ。それは、お前ひとりの責任じゃないだろう。
にもかかわらず、お前ひとりがあそこまで怒鳴られていたのか?
…なるほど。…運悪く、課長の苛々をぶつけられちまったってところか。
あのひと、ちょっと癇癪持ちなところ、あるからな。
だったら、お前がそこまで落ち込むことはない。
こんなことを言っても慰めにはならんかもしれんが、お前は少し…そうだな…運が悪かっただけだ。
もっとも、怒鳴られたこと自体に対する気持ちは…色々と複雑だろうがな。聞き流しても問題のない内容といえども、怒鳴られるのは、やっぱり気分のいいものじゃない。
今のうちにある程度の気分転換をしておかないと、家に帰ってひとりになったときに参るぞ。
晴れない気分でメシ食って風呂に入って寝て、それからまた晴れない気分で起きて、会社に行くんだ。
どうだ。想像しただけで、うんざりしないか?
…俺はいつもどうやって気分転換してるのかって?
…っふ…こんなこと、仮にも先輩として言うことじゃないのかもしれないが…。
…実を言うと、叱られてるときの俺は、真面目に話を聞いているふりをしているだけで、納得の出来ない内容はだいたい聞き流してる。
しおらしく謝罪の言葉をくちにしながら、心の中では舌打ちをしまくってるわけだ。
だから、それほどストレスはたまらない。ようは、不真面目なんだな。
でも、俺は会社勤めなんて、そんなもんでいいと思ってるよ。給料分の仕事さえすればいいんだ。体は会社に貸すが、心まで奴隷になるつもりはない。
生きるために仕事をしているんであって、仕事のために生きているわけじゃないからな。
…強い? 俺がか?
おいおい、冗談はよしてくれよ。言ったろ、不真面目なだけだって。
俺から言わせてもらうと、お前は少しばかり真面目すぎるんだよ。
真面目なのは悪いことじゃないが、あまりにも愚直に真面目すぎると、会社に搾取されるだけだぞ。
真面目な人間が成功するのは、学生のうちだけだ。
社会に出たら、真面目なだけの人間はストレスでどうにかなっちまうよ。自分で自分の首を絞めることになる。自滅するわけだな。
そうなったら、おいしい思いをするのは不真面目な人間や、卑怯な人間だ。
真面目なやつには受け入れ難いと思うが、世の中ってのは、そういう人間が上に行きやすいようになってんだよ。
だからお前も、早いうちに肩のちからの抜き方を覚えといたほうがいいぞ。でないと、体が持たん。
…っふ、そんな顔するなよ。悪い男の前でそんな顔をすると、付け込まれるぞ。
(ブレーキ音)
…ほら、ついた。
…ん? 今のはどういう意味かって? …そうだなぁ…。
(リップ音)
…こういう意味、かな。
…ははっ、なんだそのアホ面は。
俺がなんの下心もなしに、お前に声掛けたと思ったか?
悪いが、俺はお前が考えてるほど「優しい先輩」じゃない。何度も言ってるだろ。「不真面目」なんだって…。
嫌なら抵抗してくれないと、もっと悪いこと、しちまうぞ。
…ほら、どうする? 車から降りるか? それとも、降りないか…?
降りないってんなら、このまま俺のうちまでさらっちまうぞ。
さらわれたら、どうなるか…。それくらいは、流石のお前にもわかるだろ…?
自分で言うのもなんだが、俺はけっこう肉食系なんだ。
好きな女が目の前にいて我慢できるほど、紳士じゃない。
(リップ音)
(ディープキス音)
…ひとりじゃうまく肩のちから抜けないってんなら、俺が抜いてやるよ。
それこそ、なんも考えられなくなるくらいにしてやる。
(リップ音)
――俺のものになれ。先に言っておくが、俺は諦めも悪いぞ。欲しいものはなにがなんでも手に入れないと、気が済まないたちなんでな。
…どうして私なんかを、って?
…強いて言うなら、そういうところだよ。
…うちの会社には若いやつも多い。だから、恋愛しようと思えば、いくらでも出来るはずだ。
実際、競うように恋愛をしているやつや、異性によく見られようと常に目を光らせてるやつも大勢いる。…気付いてなかっただろ?
そんな中で、お前はあまりにも真面目すぎるんだよ。仕事に一生懸命で、仕事と恋愛を両立させることなんか、そもそも考えてもないって感じでさ。
そういう、ひよこみたいな可愛い子には――。
(リップ音)
…色々と、教えてやりたくなるだろう…?
…教えてやるよ。仕事のことも…それ以外のことも。
さぁ、時間切れだ。悪いが、もう車からは降ろせないな。
諦めて、俺にさらわれろ。
乱暴にはしない。ただちょっと、わけわかんなくなるくらい気持ちよくなるだけだ。
そんな経験、これまでしたことあるか?
…ないだろ。ははっ、顔真っ赤。
(リップ音)
…手取り足取り、教えてやるよ。怖がる必要はない。
なんてったって、俺はお前の「先輩」…だからな。