アドラー心理学の目的論を批判してみるw 人間の努力には限界があります。



スポンサーリンク

みなさん、こんにちは!

我ながらすごいタイトルですね…

さて、巷で話題になっているアドラー心理学

「嫌われる勇気」で世間から注目を集め始め
その斬新さや問題解決に特化した思考スタイルから
一気に人気を博すようになりました。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

その理論は一見するとパーフェクトで非の打ち所が
ないようにも見えますが、本当にそうなのでしょうか?

物事には100%完璧ということはなく、

だからこそ色々なものが互いに補い合いながら

存在しているのではないでしょうか?

それはアドラー心理学だって例外ではないと思います。

では、実際にどこに問題点があるのか考えてみます!

スポンサーリンク

1. 目的論とは??

導入では目的論の問題点を考えるといいましたが、

その前にそもそも「目的論」とは何か

説明しようと思います!

これは原因論との対比と例を交えて考えると分かりやすいです!

例として、今ここに

過去いじめられた経験を持つ男性がいたとしましょう。

「あなたは小学校の頃いじめられていたんですね..」
「だから、人とうまく関われないのだと思います」

これが「原因論」です!

物事の理由というのは

原因と結果の関係によって説明できるものである

という信念体系を指しています。

一方、「目的論」とはいじめられた人に対して
「あなたは人と関わりたくないのですね…」
「だから、あなたはそれを合理化するために

過去の経験を持ち出している」

つまり、物事は人間の意志によって自由に変えていくことができて
過去に何が起こったのかは

これからの未来には全く関係ないという考え方です。

f:id:falchion9:20170910221155p:plain

出典:http://bokete.jp/

びっくりしますよね??

だって、要は人とうまく関われない人は

自業自得だと言っているようなものなのですから…

でも、確かに的を射ているような気もします。

実際に過去のトラウマを乗り越えて、

イキイキと生活している人だって現実にいるわけですから!

だだ、私はこの考え方に少なからず疑問を感じずにはいられません。

それを2章で見ていきましょう!!

スポンサーリンク

2. 目的論の問題点

1章では目的論の考え方の概要を紹介しました。

耳が痛くなりそうなことがずばずば指摘されていましたが、
だからこそ本質をついて射るんだろうなと思います!

でも、私はこの「目的論」も唯一問題点があると思います。

結論から言うと、それは

「目的論は人間の意志によって何でも自分の思い通りに変えていける」

と指摘するが、その変えていける物事の程度には

現実として限度があり、

目的論にはその考え方が欠けているということだと思います!

f:id:falchion9:20170910214733j:plain

出典:24.media.tumblr.com

どういうことか例を使って説明しましょう!

最近引退しましたが、輝かしい実績を残したウサイン・ボルト!

彼と私が100m走で競争するというシーンを想像してみます!

どうでしょう?

勝てそうですかね?

前段階で、私の情報を提供しますが、

私は唯の一介の日本人です!

別に陸上をやってたわけでもないですし、

才能があるとも思いません。

なぜなら、ボルトと私では生まれ持った筋力、

骨格など遺伝的な要素が違いすぎると分かるからです。

これを”才能”と呼ぶと思っているのですが
日本人とジャマイカ人では

陸上で活躍するための”才能”の量がそもそも違います。

現実的に考えて、遺伝子を変えることは不可能です!

f:id:falchion9:20170910215557p:plain

出典:http://bokete.jp/

最近はエピジェネティクスといって後天的な環境によって
遺伝子の発現が変わるという分野の研究がありますが、
これは、要するに努力が”才能”の発現に関わるという

極めて現実的な事実を突きつけているだけで、

別に”才能”そのものの量が変わることは意味していません。

だから、私に必要なのはボルトに勝とうとすることではなく、
別の道を探すことだと思うのです!

その道を探して、見つけて、

そこを突き進んでこその人生だと思います!

3. じゃあ結局どうしたら??

2章ではアドラーの「目的論」について問題点を指摘しました。

では、結局どう考えることが最善なのでしょうか?

私はこう考えます!

それは「目的論」と「原因論」の両面から物事を考えることです!

私はボルトには勝てません。

なぜなら、遺伝子がちがうから。
これは「原因論」的ですね!

でも、私の場合だったら、

文章を書いて表現することが割りと得意だと自負しているので、

この長所を活かして、いきいきと生活していけるかもしれません。

今は見つからなかったとしても、

必ずそういった”自分のよさ”を見つけ出して

やるぞ! という意志の強さは「目的論」的です!

「目的論」的な視点しかなければ、

ボルトに勝てるはずもないのに

“努力すればいつかは勝てる”という

非現実的で空理空論的な発想になりかねません!

f:id:falchion9:20170910220244j:plain

出典:スラムダンク

こうして、この2つの両方から考えることで

バランスが取れて、自分の方向性のようなものが見えて、

自分らしく生きていけると思います!

まとめ

(1)目的論とは物事は人間の意志によって自由に変えていくことができて
  過去に何が起こったのかはこれからの未来には全く関係ないという考え方

(2) 人間の意志によって変えていける物事には限度がある

(3) 自分らしく生きていくためには、

 「原因論」と「目的論」の両面から物事を考える

最後まで読んでくれて、
ありがとうございます!
よろしければ
B!ブックマークを
お願いしますね!



スポンサーリンク

1 個のコメント

  • 今更ですが、アドラーを調べていてたどり着きました。
    アドラーは非常に有名ですので、誤解が多いようです。(エンタメ性重視の漫画やテレビが”原因”?)

    以下、記事への意見
    (1)アドラーは”行動選択”が”過去の出来事に基づく自身への思い込み”により狭めらていることを指摘しました。
    トラウマは定義によりますが、人にいじめられた経験を「世の中いい人もいる。今後は回避できる」「自分のような犠牲者をこれ以上増やしたくない」
    という方向に導くのか「自分以外は敵だ。殺してやろう。」と考えるかの違いは過去の意味付けの影響が大きいかと思います。

    現在進行形で対人トラブルで大きなストレスがある場合などは、アドラー心理学では言及しておりません。他者の人格を変えるのは心理学の領域ではありません。他者信頼には言及しておりますが。

    “経験の中から目的に適うものを見つけ出す。(中略)意味は状況によって決定されるのではない。われわれが状況に与える意味によって、自らを決定するのである。”『個人心理学講義』

    (2)何でも思い通りに変えていける・・・ 伝言ゲームですね。
    そもそも心理学です。物理科学的に無理なものは無理ですし、社会のニーズや身体的特徴を打ち破れと言う話ではありません。
    ましてや願い続ければ必ず叶うというような理想論も展開しておりません。

    (3)いいっすね!

    総論:アドラーのいう事は絶対的に正しいという主張も良くないですが、誤解があったようなので個人的な考察を述べました。
    (参考:http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160627-OYT8T50061.html?page_no=1)

    ユリスちゃんかわいい。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)